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ヨーロッパシラカンバの想い出に隠されたもう一つの景色が、幣原の脳内に広がっていった。クリスマスが近付いたある日、ノルウェーの西部の田舎町で食べたピンネヒョットの味と、大きな暖炉の光景がまざまざと甦る。
子羊肉は独特の匂いがしたが、食べてみるとその身はやわらかく美味だった。
初めて見たオーロラも美しかった。
『なぜ今更・・・』
自分がおかれている現状と、相容れない記憶の断片の感触に幣原は戸惑った。
再び頭を整理する。
選抜攻撃隊の挨拶の最後は、雪丸亜久里の務めだった。
そのスピーチの後で幣原は、生命を捧げる全隊員と抱擁を交わし、短めの演説を終えて上念に促されてスタジオを後にする。
部下らと共に自らの生命を惜しまない姿を印象付けておきながら、渋々と涙ながらに最前線を後にする東京国国防軍大将の姿。
視覚的プロパガンダ。
その筋書きに幣原は賛同した。
死にたくないからだ。
それなのにどうしたことか、いっこうに助け船は現れないでいる。
最期の演説内容も、上念には予め渡しておいた。
ー誇り高き自由な国家の集合体として、何れは国境も無くなり人種の壁や信仰の壁も取り払われることでしょうー
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