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いつもの尊大な態度に戻った瀬那に、しかしそれを咎めることもないままズズッ、と珈琲を啜り、西條が言う。
「君は綾崎家の引き留めを押し切り、家を飛び出した。そして私が融通し、ここへやって来た。……そうだな?」
「ああ」傍らに置いた刀に小さく触れながら、感慨深そうに瀬那が呟く。「幼き頃より今日まで、其方には世話になりっぱなしだ」
「気にしないでくれ、私が好きでやっていることだ……。
――――本題はここからだ。瀬那、君は本当にこのままTAMSパイロットとして任官されるつもりか?」
「無論だ」瀬那が頷いた。「その為にここへ来たのだ」
「……軍人という奴は、瀬那が想像しているよりもずっとキツい世界だ。まして、TAMSのパイロットとして前線に立つ気なら、尚更」
「…………承知の上だ」
「今なら、まだ引き返せる。裏を返せば、ここを過ぎればもう引き返せないってことだ。
――――瀬那、君は覚悟があるか? 軍人として生き、責務を全うする覚悟が」
「ある」真剣な顔で問うてきた西條の問いかけに、瀬那も真剣な眼差しで即答した。
「無辜の人々が苦しみ喘ぐ中、私一人だけがのうのうと後方に控えていることなど……私には、許容できない」
「それに、家柄に縛られたくない。――――だろ?」
茶化すみたく少しウィンクめいた仕草をした西條に言われると、「それも大いにある」とやはり瀬那は肯定した。
「瀬那、君の覚悟はよく分かった。私もこれ以上、野暮なことは言わぬよ」
「……すまぬな、舞依。其方には本当に迷惑ばかりを掛ける。幼子の頃も、そして家のことにまで……」
スッと頭を下げた瀬那を「よしてくれ、君が頭を下げることはない」と西條は止める。
「さっきも言った通り、私が好きでやっていることだ。だから瀬那、君が気にすることはないし、綾崎家のことは私の方でなんとかしておく」
「本当に、其方には世話になってばかりだな」
「いいのさ。幸いにして、君には才能がある。TAMSを乗りこなすだけの才能も気概も、瀬那は十分に兼ね備えているはずだ」
「世辞はよしてくれ」
「お世辞じゃないさ」珈琲を啜りながら、西條が言った。「私がお世辞を言うようなタイプに見えるか?」
「"関門海峡の白い死神"との異名まで取った其方に言われると、無意味に心が舞い上がってしまうものでな」
「……その名前で呼ぶのは勘弁してくれよ、瀬那。あんまり好きじゃないんだ、その呼び名」
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