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「は、はあ……。ありませんけど」
とはいえ、無いと言えば嘘になるかもしれない。何せ年頃の男女が一つ屋根の下に住むってことで、一体全体どんな間違いが起こってしまうか分かったものではない。無論、一真もそこまで野獣ではないのでその気は全くないのだが、しかし人間どこでどう転ぶか分かったものじゃない。本音を言えば、一真としても一人部屋の方が何かと気を遣う必要が無いから、ありがたいのだ。
だが、学校側に余裕があまりないのもまた事実だ。まして近年では、長きに渡る徴兵の影響かパイロット候補生は女子の割合が昔に比べて多くなったと聞く。ただでさえ女子分で部屋が圧迫されているのに、たかが男一人の為に寮の部屋一つを潰すわけにもいかないのも、また現実なのだ。
だから一真としては、最終的にその特例じみた決定に依存は無かった。無いのだが、問題は肝心のルームメイトの方なワケであり……。
「……」
チラリ、と横に立つ綾崎の方を覗き見る。彼女は仁王立ちで立ち尽くしたまま、目の前の西條と暫くの間視線だけを交わし合っていた。
「…………了解しました、西條教官」
やがて、彼女も渋々といった様子で寮の件を了承する。横で一真が小さくホッと胸をなで下ろしていると、それに気付いてか気付かずかニヤッと小さく口元を歪ませた西條が「なら、話はこれで終わりだ」と二人に告げてきた。
「用が済んだのなら、二人ともさっさと寮に戻れ。明日はお待ちかねの入学式だからな。朝から早いぞ?」
/3 Int.03:弥勒寺一真と綾崎瀬那②
「全く……」
コツコツと靴音を立てながら、一真の隣には背の高い少女が歩いていた。凛とした顔立ちにスラッとした体格。しかし出る所は出た肢体のせいで、チラリと横を見た一真は目のやりどころに困って、すぐにそっぽを向いてしまう。
「なんだ貴様、私の顔に何か付いているのか?」
ムッとした彼女――綾崎に言われ、一真は「な、なんでもない」と慌てて取り繕うように言い返す。
「むう」
すると綾崎は腑に落ちない顔で唸るが、しかし何を思ったのかそれ以上は訊いてこなかった。
「――――ともかく、だ」
ふと綾崎は立ち止まると、一真の方を向いてそう口火を切ってきた。一真も立ち止まる気配に気付いて一緒に立ち止まると、一歩後ろに立つ綾崎の方に向けて振り返る。
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