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「不可抗力といえ、一応貴様と私とは寝食を共にすることになる。だから、改めて名乗らせて貰おう。
――――綾崎瀬那だ。よろしく頼む」
さっきから何故か腰に帯びていた刀を鞘ごと地面に杖みたく突き立て、仁王立ちをする格好の綾崎がそう言うと、一真も「あ、ああ……?」と若干の困惑の色を示しながらも、じっと自分の顔を見据える彼女の金の双眸に気圧されながら、自分も名乗り返す。
「ええと……――弥勒寺、弥勒寺一真。よろしく頼むよ、綾崎」
「うむ」満足したように綾崎は頷くと、「では、弥勒寺とやら」
「ん?」
「早速で悪いのだが、その綾崎という呼び方は改めてくれ」
もしかして、最初から馴れ馴れしすぎたか? 言い方はアレだが、この尊大な――きっと本人にこれといって他意はないのだろうが――喋り方や、ずっと腰に刀を携えている奇妙な出で立ちから見るに、もしかしたら結構な家柄の出身なのかもしれない。最初からいきなり苗字を呼び捨てというのが、気に障ってしまったのか……?
「わ、悪い」思わず、一真は謝ってしまう。「苗字でもいきなり呼び捨てってのは、馴れ馴れしすぎたか」
「いや」しかし綾崎は首を左右に振って、それを否定する。「どちらかといえば、よそよそしすぎる」
「えっ?」
「私のことは下の名で……瀬那と呼んで貰えると、私も嬉しいのだが」
……意外だった。てっきり、怒られるかと思っていたのだが。
「それは別に良いんだが……良いのか?」
「構わん」と、刀を腰に戻し腕組みをした綾崎は頷く。「どうにも、己の家名という奴が嫌いでな。寝食を共にする貴様にぐらい、気兼ねを無くして欲しいだけだ」
「そうか……」
どうやら、綾崎には並々ならぬ事情があるように思えた。だがここでそんな深くまで首を突っ込むのは早計と思い、一真はそれ以上の追求をやめる。彼女が話したいと思えば、いずれ彼女の方から話してくれるだろう。それまでは、深くまで聞かないでやることが一番だと思った。
「じゃあ……――――瀬那」
「ん」
「とりあえず、帰ろうか。俺の方も荷解きしてないし」
「心得た」
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