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けもの道かと思うほど細い通路が、山の奥まで続いていた。
「じゃあな、幸せになれよ、お嬢さん」
「……あの、ぼく」
僕、女の子じゃ、と云い掛けた薙紗を緋鷹が制する。
「店主、この恩は一生忘れない」
「いやいや、これしきのこと、さっさと忘れちまいな。
これまでのことは忘れて、国を出て二人で人生やりなおすんだろ?
いいねえ、若さってのは。
おっと、しみじみしてる場合じゃねえ。奴らが戻ってくるといけねえ。さっさと行っちまいな」
男が傍目に分からぬぐらい僅かに会釈する横で、可愛らしい連れが対照的に、深々とおじぎをしてみせた。
そして、来た時と同じように男にぴたりと寄り添った。
店主はそうして、二人の旅人が山道の端に消えるまで見送った。
夜が明けきると同時に、いつのまにか雨がようやく上がっていた。
木々の葉から滴り落ちる雨粒の残りが、店主の目の前に小さな虹を描く。
二人が国境を越え、新しい人生を得るのはもう間もなくのことだろう。
店主は雨上がりの空気を吸い、「さあ雨も上がったことだし今日こそはまともな客がくるといいが」と、宿屋兼食堂の準備をするために家の中に入ってゆくのだった。
了
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