13/13
200人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
 けもの道かと思うほど細い通路が、山の奥まで続いていた。 「じゃあな、幸せになれよ、お嬢さん」 「……あの、ぼく」  僕、女の子じゃ、と云い掛けた薙紗を緋鷹が制する。 「店主、この恩は一生忘れない」 「いやいや、これしきのこと、さっさと忘れちまいな。  これまでのことは忘れて、国を出て二人で人生やりなおすんだろ?  いいねえ、若さってのは。  おっと、しみじみしてる場合じゃねえ。奴らが戻ってくるといけねえ。さっさと行っちまいな」  男が傍目に分からぬぐらい僅かに会釈する横で、可愛らしい連れが対照的に、深々とおじぎをしてみせた。  そして、来た時と同じように男にぴたりと寄り添った。  店主はそうして、二人の旅人が山道の端に消えるまで見送った。  夜が明けきると同時に、いつのまにか雨がようやく上がっていた。  木々の葉から滴り落ちる雨粒の残りが、店主の目の前に小さな虹を描く。  二人が国境を越え、新しい人生を得るのはもう間もなくのことだろう。  店主は雨上がりの空気を吸い、「さあ雨も上がったことだし今日こそはまともな客がくるといいが」と、宿屋兼食堂の準備をするために家の中に入ってゆくのだった。 了
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!