205人が本棚に入れています
本棚に追加
一方、鴉は彼の異母兄でありながら、そう名乗ることを許されず従僕として人生を歩んできた。母が身分の低い女中でありながら<家>の主に愛されてしまったことが、彼の人生のそもそものきっかけでもあり、また間違い………でもあった。
使用人部屋で生まれ、使用人部屋で育った。だが父からは、息子である証明とするかのように、とある「鳥」の名を冠した名を授けられた。
<都>の格式ある家々では、直系一族の名前を「花の名」や「暦の別名」など、家の伝統に則り系統付けて命名することが好ましいとされていた。気高い鳥の名を与えられたがゆえに彼は、生母の死後、父の正妻から「汚い黒鴉」などと綽名され憎みぬかれることになるのだが、今思い返せば、名前だけが、父が己に示すことのできた唯一の、想い入れであったのかもしれぬ。
鴉が生まれたころ、父の正妻にはすでにひとり目の子があり(異母兄にあたる)、その兄は鴇也といった。歳が近かったので、<家>がそんな事情でなければ良き兄弟となれたかもしれないが、物心つくころには正妻から仲良くすることをきつく戒められて、二人は生活のすべてにおいて身分の差を肌で感じながら、互いを意識しつつ心通わせることのない幼年期を送った。
最初のコメントを投稿しよう!