2/13
前へ
/35ページ
次へ
 咥え煙草のまま、店主が普段通り木戸の鍵をかけようとしたとき、不意にそれが外側からキィと開いた。  途端、隙間から雨粒が吹き込んでくる。外で、稲光が奔った。  驚いた店主が思わず風雨から顔を庇い一歩下がる前で、木戸を押し開けぬっと入ってきた、人の影。 「――店主か」  戸口に立ったのは、酷く濡れそぼった、見窄らしい朽ち葉色のマントに身を包んだ男。  圧し迫るほどの長身だ。  玄関口の狭い軒では完全に今宵の雨をしのぎ切ることができず、肩に降りしきる雫を受けたまま。  頭を深く雨除けのフードで覆い隠しているため、顔の下半分しか窺うことができない。  そのフードを指で僅かばかり持ち上げ、男は、一瞬素早く店内の様子を窺った。ちらりと覗く双眼は、暗い藍鈍(あいにび)色をしていた。 「――部屋は空いているか」  木の円卓とカウンターがあるだけの、食堂を兼ねた狭い一階に目を奔らせ、店主以外の人間が居ないとみるや、男の濡れた袖が、ゆっくりとまたマントの内側に消えた。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

204人が本棚に入れています
本棚に追加