8/9
前へ
/35ページ
次へ
 ……成人して間もなく、鴉は徴兵により4年間辺境に行った。本来は徴兵も免ぜられるほど<家>の格式は高かったのであるが、鴉は対外的には「父なし子」とされていたためそれを逃れるすべはなかった。  徴兵先で身分を登録するための書類にも、彼は己の名を「鴉」とだけ書いた。自虐心からではない。その名は本名ではないのに、もはや彼にある意味、馴染んでしまっていた。  家を出るとき、弟の薙紗は十一歳だった。徴兵を終え帰ってきたときも、薙紗は身長以外は四年前とあまり変わっていなかった。そのころの子供に本来あるべき急激な性差の訪れが、彼にはないままなのだった。  父と正妻はすでに他界していた。外遊先で事故にあい、二人とも亡くなったそうである。  <家>に遺されていたのは長兄の鴇也と、年の離れた薙紗の、兄弟だった。  せめて父親が死んだことだけでも鴉に知らせてやろうという配慮は、鴇也には存在しなかったようだ。二人の希薄な関係は幼少時に築かれてより、ずっとそのままだった。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

205人が本棚に入れています
本棚に追加