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 店主の視線をじっと浴びていることに気づいたその少女――いや、少年か――?は、どうしていいのか判らぬ様子で、躊躇いがちに男を振り仰いだ。心なしか頬が紅潮しているのは見つめられることへの恥じらいのためか、それとも寒さのためか。  あまりの美貌に、咥え煙草が落ちたことにも気付かずぽかんと口を開けて見つめている店主の前で、そのたおやかな連れは、こほこほと数度、咳をした。  男は連れを隠すようにまた一歩進み出で、店主の手に幾許かの硬貨を握らせる。 「これで足りるか」  握り込まされた貨幣に視線を落とし、店主は仰天した。銀貨が3枚。 「これ……銀貨じゃねえか……こんなには貰えねえ。うちは素泊まりで一泊5銅だ。銀貨一枚だって、多すぎら」  貨幣を間違えたのかと思い、つき返そうとするが、男は静かに店主の手を押し戻した。 「受けとっておけ。それより我々の他に泊り客はいるか」 「い……いや……今日はあんたらが唯一の客だ。この雨で、もう店を閉めようと思ってたところで」 「ならば早々に店仕舞いをしてくれ。何部屋あるか知らないが、全ての部屋分をその銀貨で贖おう」  つまりはこれ以後、ほかに誰も泊めてくれるなということのようだ。  訳ありの空気を滲ませる男に、連れの少女だか少年だかが、不安げにぎゅ、と縋りついた。身を寄せると、半分以上男のマントの中に体が隠れてしまう。  男の脇に押し付けるようにしている頬が、ひどく紅かった。 「――悪いが連れの具合がよくない。早く部屋に通してくれるか」 「あ……ああ」  男の有無を言わさぬ口調に、店主は押し切られた。重ねて金を突き返そうという断固たる意思は持てなかった。手の中にある銀貨3枚は、云ってみれば半月分の売上に等しいのだ。
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