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北の隣国へと至る峠の中程に、うらぶれた一軒の古宿がある。
夜。
宿の主は店じまいしようと扉口に立ち、一向に止む気配のない雷雨にげんなりと嘆息を漏らした。
午前から降り始めたそれは夜半を過ぎて、篠突くような豪雨へと変じつつある。
この雨では、今から峠に差しかかる者もおるまい。今宵はもう客もないだろうと見越しての、早めの店じまいだ。
昨春、西に新街道が出来てよりこのかた、北の隣国へ抜けるこの旧街道は行き交う者も減り、すっかりさびれてしまった。かつては峠の宿場街として栄えたこの界隈も、今はこの宿一軒を残すだけだ。
今宵もこの雨足のせいで泊まりの客はない。数少ない峠越えの旅人たちは、朝方の内に早々と山を越えていったか、もとよりこの日の山越えを諦めて麓の村に宿を得たか。
ともあれ、普段にも増す閑古鳥を呼んだ雨が憎らしく、店主はこの世界の天神地祇である南方の聖宮を、口中でひとしきり罵った。
そこに住んでいるという龍神──本当に居るのかどうか定かでないが──それが、気候天候を司っていると信じられていた。
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