0人が本棚に入れています
本棚に追加
病院の廊下で着信音が鳴った。
出たくない、と神助は感覚的に感じた。家族の誰とも連絡が取れていない状況で、こちらからは何度も連絡を取ろうと電話したのだから、すぐにも出るべきだというのに。何故だか、いつものベルの音が、不思議と粘着質な音に聞こえた。昼間の事件のせいだ。一切考えたくないが、映像と音と匂いがいつまでも離れてくれない。
「父さん?」
電話の表示に少しホッとし、電話に出たというのに、父の声は聞こえない。
「もしもし? 父さん?」
「……神助」
うっすらと聞こえた父の声にホッとすると共に、明らかにおかしいその様子に、先ほどまでの事件が重なってしまう。朝、出かけた切り電話がつながらなかった父には、何も話せていないが、どこかからか連絡が行ったのだろうか。
「お父さん、日暮里駅の事件きいた? 早く帰ってこれないかな?」
「事件?」
「僕、巻き込まれたんだ。光太は昏睡状態で」
「……どんな事件だ?」
父の声は、事件への驚きなのか、益々掠れて殆ど聞き取れなかった。
「人が人を食べ……た……信じられないかもしれないけど」
電話の向こうで息をのむのが聞こえた。
「お父さん? もしもし?」
カーラジオからニュースが流れるのが聞こえたが、暫くしても荒い息遣いだけが聞こえる携帯に、神助は呼びかけた。
「父さん、僕、また途中から記憶がないんだ。僕ばかり巻き込まれて、でも、僕はいつも無事で」
神助の必至な声にも、父は答えず、荒い息が聞こえてくるばかりだ。
「僕、怖いよ、何が起こってるのか、なんで僕ばっかり巻き込まれるのか……」
「神助……頼みがある」
「え?」
自分の問いには全くかみ合っていない父の返答に、神助はひどく困惑する。
「氷川神社に来てくれ」
「え、いつ?」
「今すぐだ」
「い、今?」
命からがら逃げてきたというのに、もう外に出かけたくなどない。もうすぐ、日も傾く。逆に、病院に迎えに来てほしいというのに、父は何を言い出すのだろう。
「で、でも、僕」
「お前にしか、頼めない……」
「迎えに来てよ。うちじゃダメなの?」
「……ダメだ。今すぐ」
「やだ、いやだよ」
「頼む……時間が……ない」
父の声がどんどん弱っていっているのが電話越しにもわかる。これ以上、話続けてはいけないんじゃないか? 父も何かに巻き込まれたのじゃないか? 不安がどんどんと大きく神助の心に広がっていく。
最初のコメントを投稿しよう!