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それは、今までよりもハッキリと見えていた。見た目はまさに月そのものであり、そして昼夜を問わず常に“それ”は空にあった。
肉眼でも見えるしカメラにもしっかりと捉えられる“それ”。だが、見えているのに科学的にはなんの計測も出来ない“それ”。
“それ”は質量も持たず、物質的な計測は今回も一切不可能だった。不可思議と畏怖の合わさったような“それ”の存在は、人々の関心を再び引き寄せる。
各メディアは大々的にそれを扱った。それが何なのかを知らずに。それが恐怖の根源であるとも知らずに。
そして、“夜”は唐突に訪れる。恐るべき闇の因子を引き連れて――
真昼の月と実際の月が観測史上初めて重なって見える日。それが六月一五日。その夜を境に、平穏な日常は終わりを告げた。
お月見の時季では無かったが、晴れた夜空に二つの月が見えるという事も重なり、多くの人々が月を見上げていた。
月が、揺れたのだ。後に『月震』と呼ばれる事となる、終わりの始り。
月震の直後から、何故か人々が異形のモノへと変質するようになってしまったのだ。隣人が、知人が、家族が、そして自分自身が、突如として異形の姿へと、まるで伝承の怪物のような姿へと変わり果ててしまうのだ。
そしてその異形は、身近な生き物を襲ったのだ。それに人だった頃の記憶どころか、自我や理性の欠片も無く、ただひたすらに、生き物を襲い、喰らい続けた。
その異形への変質。この時、誰もその原因が“それ”にあるとは思わなかった。未知のウイルスによる生物災害か、等と報道されていた。
被害は日に日に増えていった。異形へ変質する症例が増えれば増える程、原因からは遠ざかって行く。未曾有の大災害。解った事といえば、その異形は、生物的に『殺せない』という事だけだった。
だが、人々は気付き始めていた。原因が“それ”にある事を。そう、あの奇怪な月に。
かつて、オカルト誌が報じた三文記事が真実へと変わった。
奇怪な月の正体。科学的には立証出来ない。だが、体感的にはその“存在”を理解している。
そして人類は、一つの結論を出した。『霊的生物』。それが、未だ見えぬ“それ”の正体だ。“それ”は『精神生命体』と言い換えても良い。“それ”に乗っ取られるのだ。身体を――精神を――そして魂さえも。
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