マヒルノツキ

4/6
前へ
/416ページ
次へ
 そして、全てを乗っ取られた者は、異形のモノへと変質する。  まさに質の悪いウイルスか細菌兵器だ。“それ”に感染すると、発症し異形のモノへと変質する。それはご丁寧に感染から発症までの潜伏期間まで存在していた。  精神、あるいは霊的な侵略者。あの月のようなものは、“それ”らの、地球への『侵入口』。  これは、我々人類が初めて経験する、異生体による侵略戦争(・・・・)だったのだ。人類が想像していた“もの”とはまるで違う。影も形の無い無形の侵略者。  それから十年間、人類はその霊的侵略者と戦ってきた。そして、今も戦っている。  理解出来ないその存在との戦争は、終りのない絶望的な戦争といえるだろう。だが、降伏は出来ない。敗北は決して許されないのだ。敗北は、即ち人類種としての終焉を意味していた。霊的侵略者たる“それ”に、人類の法律や道徳等と通用する筈がない。  しかしこの十年、人類も無駄に犠牲を増やしてきた訳ではない。戦い続ける事で解った事も多かった。  まず第一に、感染と発症は人間のみに起こる訳ではない。“意志”や“意識”のある有機的な植物でない生物ならば、見境無く異形へと変質する可能性を秘めていた。  以後、それは『異形発症体(いぎょうはっしょうたい)』と呼ばれるようになる――が、そのような名称を定めたところで誰もそうは呼ばないだろう。『化け物(アパリション)』それで十二分に事足りる。  第二に、“それ”は金属機械を嫌った。理由は解らないが、金属機械が近くにあると異形への変質は起こらない。異形のモノも金属機械には近付かない事からも、それは確実だろう。数少ない、“それ”の弱点だ。  第三に、異形発症体は()では無く、()となって活動している。いや、これでは言い方が悪いか。発症者はその細胞が変質する事で異形へと成り果てる。つまり、“それ”に感染すると、その生物の細胞一つ一つが個体(・・)へと急速的に進化(・・)し、(あたか)群体(・・)であるかのようにその体裁を変質させるのだ。  これが、異形発症体の最も脅威的な能力だ。複数合わされば幾らでも巨大になり、それに際限は無い。逆に個体(細胞)一欠片にまで分裂も可能なのだ。異形発症体を殺すには、莫大な『火力』で一欠片も残さず消滅させるしか無かった。
/416ページ

最初のコメントを投稿しよう!

172人が本棚に入れています
本棚に追加