コドクノウミ

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 目標まで一〇〇〇メートルを切る。透き通った海中に黒い影が揺らぐ。海面が盛り上がった。スケイザルアゥが浮上する。しかし―― 「……!? 何だあれは!」  航空隊長が驚愕の声を上げる。想定していたスケイザルアゥの姿では無い。スケイザルアゥは巨大なウミウシに似た不定形の姿をしている筈だ。だが、目の前の“それ”は、何だ? 何本もの触腕が海中から伸びている。これは、何だ?  打ち寄せる津波のような数多の触腕が海面を埋め尽くす。触腕の一本一本が、まさに天を貫く程の大きさだった。まるで全貌が解らない。 「各機、こいつはスケイザルアゥじゃない。タンガロアだ!」  想定外の来訪者に第三航空隊は混迷を極める。 「チャーリー2、ブレイク、ブレイク!」  何故タンガロアが此処にいるのだ。航空隊長は混乱する頭で必死に思考する。ネームド級の所在は常に監視されている筈だ。事実、昨日までは北太平洋にスケイザルアゥを捕捉しており、東へ航路を取っていたので、オホーツク海からの南下侵攻が確実視されていた。この艦隊はその迎撃の為の派遣だ。それなのに、何故、目の前にいるのが“タンガロア”なのだ。  苦い記憶が甦る。蛇使い(チャーマー)なら誰もが知っている惨劇。<太平洋の嵐>作戦。以後、タンガロアは触れ得ざる者(アンタッチャブル)とされており、その所在は他のネームドよりも特に重点監視されていた。所在の最終確認は十二時間前。その時は南極海に近い南太平洋にて休眠していた筈だ。それが、何故こんな所にいる?  航空隊長の思考は其処で一旦途切れる。触腕に捕捉された。機体を緊急旋回(ブレイク)。雑念を取り払い迎撃体勢。全機に空対艦ミサイルの指示。目標はタンガロアだ。例えアンタッチャブルだろうと、異形発症体の排他的経済水域への侵攻を止めるのが至上任務である事に変わりは無い。  既に哨戒機が護衛艦隊群旗艦<あまぎ>へその事実を伝えている。あまぎのレーダーでもその影を捉えていた。タンガロアとの相対距離は一〇キロ。約五〇ノットで接近中。各護衛艦の垂直発射型対潜ミサイルと二二式艦対艦誘導弾の発射口が展開、一斉射。ミサイルの飛翔確認後、艦載機の発進シークエンスが始まる。  その間に三隻の多機能護衛艦(FFM)がタンガロアの予想航路に機雷敷設を開始していた。
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