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「こりゃあ駄目だなー」
戦闘が発生した排他的経済水域より二〇〇海里離れた三宅島のサタドー岬に、特徴的な低い声が一つ。親指と人差指で輪を作り、そこから覗く一対の碧眼。
「あー、展開が遅いなあ。ほれほれ、そこから抜けられるぞーい」
海風に靡く美しい金髪。ご存知、ユーチャリスだ。半袖に半パンという私服姿の出で立ち故か、軍服を着用していた時のなけなしの威厳すら今は無く、低身長も相まって、悲しいかな、その見て呉れは紛う事無き小学生だった。これで麦藁帽子でも被せれば真夏の虫取少年そのものだ。
「しかし、タンガロアとは――ねぇ」
見物に飽きたのか、ユウはおもむろに立ち上がると首を鳴らして背筋を伸ばした。
「やっぱり、噂は本当かもしれんよな」
まるで誰かに語りかけるかのような口調。実際、それは語りかけられていた。
「なあ、ケイ」
ユウの他には誰もいなかった筈のサタドー岬。しかし、いつの間にかケイの姿が、そこにあった。ユウの右隣へとゆっくりと歩み寄る。
「噂、か。そのような信憑性に欠けるものにいつから惑わされるようになったんだ、ユウ」
「そうは言うがな、現に今そこに休眠期である筈のタンガロアがいるんだぜ」
「活動期や休眠期等、そんなものは人間が勝手に定めたものに過ぎない。そもそも、十年など、“それ”を測るのには短過ぎる」
「どうかな? 一個の自我を持つ生命なら兎も角、生物がその生態や習性、本能行動に逆らう事は希だ。他の異形発症体に自我があるか無いかは解らんが、少なくとも群生本能は持ち合わせているだろう。群体だしな。そう、群体だ。異形発症体は群体という原始的な生物だ。藻類の――いや、サンゴやホヤの方が近縁種か。複雑なように見えるだけで、喰って寝るだけの単純な生態系である可能性は高い」
「だが、銘入は雑多な異形発症体とは明確に違うだろう。自我かどうかは兎も角、奴らは間違いなく意志を持っている。それはこの間の戦闘で痛感した。違うか?」
「ああ、ライトニング――今は“世界喰らい”、稲妻のヘルズブレイズだったか。まぁ、確かに」
“それ”の姿が脳裏を過る。禍々しく、口元を歪める、此方を嘲笑うあの姿が。そう、ヤツは、笑ったのだ。
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