砂の籠

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 我ながらひどく言い訳じみて、夏場のスーツ程に見苦しい言葉だったことは今でも鮮明に覚えている。あの言葉を発したことは、私の人生で唯一の悔いかもしれない。もう少し推敲してから話せばよかったのにと、思わないでもない。  「ああ、そうでしたか。てっきりその、家や身寄りのない方なのかと、思ってしまいました。」  対して、彼の言葉は、その表情の変化に伴って非常に深く、私の心に響いてきたのを覚えている。私に抱いていたであろう嫌悪感や拒否感、不信感といったものが、私の言葉ですこし融け、そして、彼がその言葉を発そうと決めた瞬間から彼の表情もすこしずつ融けていって、最後には彼は、ふわりと優しげな、そしてすこしだけ申し訳なさそうな笑顔を浮かべていた。  夕焼けというには過ぎた時間だった。  それから、たびたび彼に会うようになった。  学生さんには苦労も多いでしょう、と、彼は時々コンビニでアイスを買ってきてくれた。それはジュースだったりもした。  私は学生だとは一言もいっていなかったので心は痛んだものの、その心遣いは極めてありがたかったがために訂正をすることもなく甘えていた。暑い中で二人してベンチに並んで、とけるとけると言いながらアイスを食べた。最後の一口はいつも生ぬるかった。  その日は唐突に来た。     
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