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ノックの主が誰かはわかっている。返事をする前に押し入ってくるような無作法な人間ではない。
とは言え、油断は禁物だ。
彗は高速で思考を巡らした。ベッドの中でパジャマ脱いでパンツ脱いでクローゼットまで走って新しいパンツ出して履いてジーンズ履いて……よし。
イメージトレーニング、完了。
彗はドア向こうの音源に向かって返答した。
「はい、ちょっと待っ……」
ガチャ。
まさか返事を待たずにドアが開くとは。
「にぃさま……?」
細くひらいたドアの隙間から半身が覗く。
今にも泣きそうなか細い声。
扉のノブと同じくらいの背丈。
寝ぐせのついた試しのない、真っ黒ストレートのおかっぱ頭。
彗の妹、牙城院花(がじょういん はな)だ。
「ど、どうした? ハナ」
「にぃさまのお部屋から苦しそうなお声が聞こえたので……」
花はクスンッと小さく鼻をすすった。泣くのを我慢しているようだ。
「あ、あぁ、起こしちゃったか。すまん、花」
「いえ、ハナは起きてました。でも、怖い夢を見てしまって……。にぃさまが心配になって……」
花が怖い夢を見るなんて珍しい。
しかし、彗よりも気質--遺伝性の特徴--の発現が早い花。
彼女の夢に顕れたのだろうか……俺の凶兆が。
「! にぃさま、お顔の色がいつもより白い……」
花が心配そうに駆け寄ってくる。マズイ。非常にマズイ。布団を剥げば穢れた下半身。純真な妹にそんな姿をさらすわけにはいかない。
「にぃさま……あら?」
ベッドに寄りかかり俺の頬に手を当てた花は眉根を寄せた。
「ど、どうした?」
「何か……」
花はクンクンと匂いを嗅いでいる。
「!」
自分ではあまりわからなかったが、もしかして……いわゆる栗の花の香り的なやつが漂っているのか!?
「ハナ! ちょっとどいてくれ!」
「にぃさま?」
「わるい、腹が痛いんだ!」
俺は腹痛をこらえる仕草をして--下腹部に無造作に両手を当てて汚れを隠しつつ--ダッシュで部屋を出た。
兄の部屋にひとり残された花は、手を顔で覆って落ち込んでいた。
「にぃさまに恥ずかしい思いをさせてしまいました……ハナったらなんて不躾……」
それでも花は兄の部屋に漂う不思議な残り香をつい追ってしまう。
クンクン。
「お腹が痛いとおっしゃっていたけど、……お尻からのガス、とは少し違うような……?」
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