SIX RULES

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 この事務所は一階部分がガレージになっていて、その横を伝う階段で二階の事務所に上がる仕組みだ。そして、そのガレージのシャッター前には一台のスマートなルックスのスポーツカーが横付けされている。 「また、アイツか……」  昼下がりの日差しにステンレスめいた銀色のボディを煌めかせるソイツは、1999年式のTVR・サーブラウ。イギリス製のスポーツカーだ。そしてハリーは、そのサーブラウの(ぬし)に心当たりがある。この事務所を訪れる人間でサーブラウなんて珍しすぎる酔狂な代物を乗り回す人間など、ハリーに思い当たるのは一人しかいない。 「ったく、アポぐらい取ってから来てくれよ……」  ブラインドから目を離せば、ハリーは至極億劫そうにひとりごちながら、事務所の扉の方へと赴く。施錠を解き、扉をこちらから開いてやれば。その扉の前に立っていたのは、やはりハリーの予想した通りの人物だった。 「はぁい、晴彦。調子はどう?」  そんな軽い調子を、しかし妖艶な雰囲気を振りまきながらで開口一番に言うそのキャリア・ウーマンのような隙の無い雰囲気を纏うその女こそ、ハリーの予想した通りの女だった。 「冴子……」  彼女の名は鷹橋冴子(たかはし さえこ)。栗色のセミ・ロングの髪に恐ろしいぐらいの美貌とスラッとした長身のモデル体型。スカート・スタイルのレディース・スーツに身を包む彼女は、これでもれっきとした警視庁公安部の刑事だ。 「急で悪いけれど、仕事よ晴彦」 「その名前で呼ぶな、俺はハリー・ムラサメだ」  ウィンクでも交えながらな冴子の言葉に、ハリーが小さく反論する。五条晴彦(ごじょう はるひこ)は確かに彼の本名だが、ハリーにとってはハリー・ムラサメという名の方が馴染み深いのだ。今更本名で呼ばれても、却って違和感しか感じられない。 「晴彦は晴彦よ、五条晴彦。――――それより、立ち話も何でしょう? 上がらせて欲しいわ」 「相変わらず、君には勝てない……。好きにしてくれ、冴子」  溜息交じりに肩を大袈裟に竦めながらハリーが諦めれば、「じゃ、お構いなく」と冴子が勝手知ったる顔で事務所の中に足を踏み入れる。 「珈琲、要るか?」  今までハリーが寝ていたデスクのすぐ目の前、低いテーブルを挟んだ黒い革張りのソファに腰掛けた冴子にハリーが一応訊いてやるが、しかし冴子は「お構いなく」とそれを断る。「代わりに、灰皿貰えるかしら?」
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