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「まさか、儂の声にも気付いておらんかったのか? 仕様のない小憎よな。ほれ、もう閉館時間じゃ」
呆れたような目を向けられ、時計を見るように促される。壁に掛かる時計に目を向ければ、確かに時間はもう夕暮れの時刻を指している。読みふけっていたらしいな。今日はここまでだな。
「また明日来る」
本棚に立てかけていた剣を手に、本はそのまま椅子の傍に置いておいた。俺以外、どうせ来ないからな。ジジイも問題ないと思っているらしく何も言わない。
「のう、ガラテア。この町にはしばらくおるのか?」
「ああ、いるつもりだ。ついこの間、西のダスマンとの戦が終わったばかりだし、ラヴィニアにはしばらく傭兵の仕事はないだろう」
「そうか。お前が戦に赴いていた間、あまりお前の望む本は手に入れられなんだ。それでも入荷した中に、参考になるものがあれば良いが」
「期待外れの小難しい本ばっかり入れるのはお得意だろ。でも、まあ、なんだ。長いこと、すまねえな」
「構わんよ。この老いぼれに協力できるのはこれぐらいのものじゃ。ほれ、そろそろ行った行った」
手で追い払われる。俺は犬猫じゃねえぞ、このジジイ。俺も手だけで別れの挨拶を済ませると、そのまま埃臭い図書館を後にした。外に出ると、新鮮な空気が肺に染み渡り、夕日の眩しい光が目を刺した。
ガキの頃から、よく見た景色だ。ジジイの家に来るのは俺とアダンぐらいのものだったしな。さて、宿に帰る前に腹ごしらえと行こうか。
道を歩めば、すぐに町へと入る。子連れの母親が家へと入ったり、豪快に笑う旅人が酒の匂いに釣られて酒場へ入って行くのが目に入ってくる。
いや、なんでもねえ普通の光景だ。きっとどの町でも同じだろう。だが、そんなどこでも見れる絵面がどうにも胸に刺さる。まったく、こんな感傷的になるとは十年前には思いもしなかった。
普通であれば、きっとこんな悩みは存在しない。
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