白の勇気

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 七時十四分。上り急行電車の到着を告げるアナウンスが流れる。電車がホームに入ってくると、綺麗に列を作っていた人達が、誰に言われるでもなくその隊列をドアの横へ平行移動させる。彼女もその中の一員だ。俺は何気ない風を装いながら彼女の様子を伺う。  プシュー、という間抜けな音でドアが開くと、電車内にいた人が数人出てくる。そして、待ち構えていた隊列を組んでいた人たちは、順々に車内へ入っていく。上り電車はいつも満杯だ。スシ詰め、って確かにその通りだ。  彼女も果敢に人で溢れる車内に向かっていく。後はドアが無理矢理閉まって終わり。そう思った矢先、ホームに白い何かが転がった。俺は殆ど反射的に、その白い何かを拾うべく、自分が並んでいた列から飛び出る。  俺が、転がったそれ……白いハイヒールを屈んで拾うのと同じタイミングで、車両のドアが閉まった。そのドアを見上げると、突然窓の端っこに顔を覗かせた彼女と目が合う。いつもの張りつめた表情とは違う、何かを訴えるかのような視線。俺は慌てて白いハイヒールを掲げる。彼女は視線だけで頷いて、そして、そこで無情にも電車が走りだしてしまった。  俺は、ドアの開閉の音よりも間の抜けた顔で遠くなっていく電車を眺めた。信じられなかった、今の一連の出来事が。けれど、手の中にある白いハイヒールは、現実のものである。初めて、彼女が俺を見ていた。理由は何であれ、その事実が俺の鼓動を不必要に早くさせる。  もう、学校なんてどうでも良くなっていた。このハイヒールを持って待っていれば、彼女が戻って来てくれるのだろうか。流石に片足裸足では仕事に行けないだろう。きっと、戻って来てくれる。  俺は、今や最高潮の心拍数となった心臓を誤魔化すべく、鼻歌を歌いながら近くにあったベンチに座った。それからホームの外、良く晴れた空を見上げる。  太陽は朝一番で見た時よりも、更に力強く輝いていた。目を細めながら太陽を見上げ、俺は心の中で呟く。  ……彼女と話す強さを、俺にもください!  女々しいけれど、それが俺の本音だった。
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