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「こうして終わってみると、実に短い一生だった。私は日本という国に生れたよ。なんでも、読み方がニホンとニッポンで読み方が定まっていない妙な国だった。あぁ、外ではジャパンと呼ばれていたね。君はどうだい?」
「ああ!先生はジャパンにいらしたのですね。死ぬまでに一度は訪れたかった。私はロシアという国に。故郷の雪景色は決して忘れないでしょうね」
私は研究室で珈琲を片手に、『前世』について助手と語り合っていた。いや、前世というよりは、決して交わることのないパラレルな第二の人生だろうか。とにかく互いに半世紀を超過した情報量だ。三日三晩語り明かしたところで終わらないのは自明の理だった。
「私たちは科学の最先端にいるわけだが、86年の情報が一度に流れ込んできても脳がパンクしないというのは驚愕だね。説明を受けたときは半信半疑だったが、この分ならあと2,3の人生くらい余裕で入りそうだ」
「もう受けれないのが残念です。でも確かに、我々の脳の限界は多くて120年程と言われていたのに、先生なんて今回のを足したら200年を超えてますよ。人が死すら克服し、生物の枠を超越する日も近いですね」
助手はしみじみと頷いた。確か彼は享年52だったか、以前よりも大人になった雰囲気が酷く似つかわしい。警察官としての人生を歩んだという。屈強な、義勇に満ちたロシア人警官が頭に浮かんだ。それもまた、彼には似合わない。
「生物の枠を超越、ね。なら子宝に恵まれたのは幸いだったかな。もう会えないと思うのが酷くつらいが、嘆いても仕方あるまい。仮に私たちが生物でなく機械と名乗る日が来るのなら、このシステムは時代に沿ったエンターテイメントといってもいいだろう」
「我々はその先駆者というわけですか、なんだか感嘆しちゃうな。でも先生、こんなことは思ったりしませんか。我々が今この瞬間見ているものもデータで、先日までと同じように全てデータが脳に見せている錯覚だと」
ふむ、と私は一拍おいた。
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