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「ごはんよ」と私を呼ぶ母の声が聞こえる。
私はそれに答えなかった。母はそれ以上私に関わってこなかった。家に入るときの私の顔を見て気を使ってくれたのだろう。ありがたかった。
私は電気もつけず自室のベッドで横になっていた。枕は既に濡れてぐしゃぐしゃだった。
涙が止まらなかった。どうしたらいいか分からなかった。
せめて、私と後輩君が知り合いであったのならば、私がすることは至極簡単なことだった。
私はあの女性に言って後輩君の仏壇を参らせてもらい、そして、仏壇に手を合わせ涙を流して言うのだ。
「私は息子さんと付き合っていたのです」と。
真っ赤な嘘だ。だが、その嘘はきっとばれない。なぜなら私は後輩君があの鳥小屋と、私のマフラーを見ていたという誰も知らないことを知っているのだから。虹色の鳥の正体が私だったと明かすのも容易だ。全種類のマフラーを持っていき、実際に着てみればいい。
女性は息子がきちんと恋愛をしていたことを知って少しは救われるだろう。私も胸の内のもやもやが少し薄まる。万事解決だ。
だが、私と後輩君にはどうしようもないほどに接点が無い。なんなら名前だって憶えていない。さっきの段階で名前だけでも覚えていれば、〇〇君のことですよね。と切り出して、付き合っていたと嘘をつけばよかった。
けれど、今となってはそれも出来ない。私と後輩君はもう他人以外にはなれないのだ。
こんな状態で「息子さんが見ていたのは私だったのです」とか言ってみろ。頭を心配される方が先だ。万が一信じてもらえたとしても、あの女性は心のどこかで信じられず、生涯をかけて存在しない虹色の鳥を探し続けるに違いない。そんなに悲しいことは無い。
そもそも、後輩君は本当に私を好きだったのか?
いや、あの間接的な特別を思い出せ。後輩君が私を好きだったのは間違いないだろう。
……私は後輩君に、好かれていたのだ。
また涙が噴き出す。ああ、そうだ。私は好かれていた。だから、こんなにも悲しいのだ。
顔も性格も知らないけれど、私のことを誰よりも特別に思っていてくれていた後輩君がもう居ないから悲しいのだ。
「……勝手だよ」
後輩君も、あの女性も、そして私も。みんな勝手だ。それぞれが勝手に相手を想っている。特に私は誰よりも勝手だ。
本来見えないはずのものを見て勝手に悲しんでいるのだから。
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