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しかし。そのことを知ったからといって、橙真に嫌悪や怒りがわいてくるわけではなかった。今ではこの小柄な男を、哀れだと思っていた。自分と同じように、執着ゆえに椿に逆らえない。哀れで悲しいもの同士だ。
「丁度、いいかも」
「え?」
ぼそりと呟くと、橙真が俯いていた顔をぱっと上げる。よく見れば右の瞼がわずかに青くなっていた。
「少し、話しませんか」
「はなし……」
橙真はしばし誘いの意味が分からないような顔をしたが、やがて何かを諦めたように緩く笑った。
「いいよ。僕も神崎くんに話したいことがあるんだ」
橙真が選んだのはこの地域では人気のあるカフェだった。木目調の落ち着いた内装に反して、昼時を過ぎているにも関わらずほとんどの席が埋まっている。客層の八割は女性で男二人は悪目立ちしていたが、人が多いほうが話し声も周囲には聞こえづらいだろう。
半個室のような、周囲の席からすだれで仕切られた席に通されたのは幸運だった。橙真は幼い見た目に反してアイスコーヒーを頼み、昼食をまだ済ませていなかった碧生はアイスティーとサンドイッチのセットを選ぶ。
「少々お待ちくださぁい」
妙に声の高い女性店員が頬を赤らめながらハンディに注文を打ち込む。席を去る直前にちらりと碧生に視線をくれたのを、橙真は見逃さなかった。
「色男」
「え? 何のことですか」
「いーや、なんでも」
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