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 椿が変わってしまってから二週間が経っていた。長い二週間だった。椿はことあるごとに碧生を呼び出しては、激しく碧生を抱いた。それまで押さえていたものを噴出させるように容赦がなかった。少しでも嫌がったり抵抗したりすれば、腹を蹴られた。脚に爪をたてられた。首を絞められたこともあった。  一番椿が激昂したのは、彼からの電話を碧生が取れなかったときだった。リビングで兄と夕食をとっていた際に、自分の部屋に携帯電話を置きっぱなしにしていたためだった。何のために自分専用の電話を持たせているのかと椿は電話先で碧生をやんわり詰り、その夜呼び出して、碧生が意識を失うまで犯した。  そんなことが続き、碧生はすっかり疲弊していた。心が死んでゆく、という言葉を身をもって実感することになるとは。皮肉げに笑って、立ち上がる。白一色の壁に窓もなくグランドピアノだけが置かれたこの部屋は、息が詰まる。壁のラック一面に飾られた賞状とトロフィーが、お前にピアノ以外何があるんだと叫んでくる。頭がおかしくなってしまいそうだった。  ふらつく身体を無理矢理動かしてマンションを出た。念のために長袖のトレンチコートを持参したのだが、春らしい暖かな昼下がりだった。コートは腕にかけることにして、目的もなく歩き出す。どこでも良い。この現状を忘れられるところに行きたかった。なのに、ピアノを弾けばいつも全てを忘れられた碧生には、こういうとき何処に行けば良いのかなど見当もつかなかった。     
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