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閑静な住宅街を抜けて、賑わった通りに出る。どこも春休み中なのか、学生の姿が多かった。ショッピングセンター。本屋。アパレルショップ。華やかな店に無数の人が群がっている。彼らの誰もが生き生きしているように見えた。もちろん彼らにも悩みくらいはあるだろうし、想像もつかないような苦労をしている人間だってあの中にいるかもしれない。しかしそれとて、その人を形成する要素のひとつだ。自分には、何もない……。
そんな風に自暴自棄になって歩いていたからだろうか。背後から追い越そうとしてきた自転車と碧生の右半身が接触し、碧生はガードレールにもたれる形で倒れこんだ。自転車に乗っていた高校生らしき男は一瞬よろめいて碧生に目を向けたものの、ひとつ大きな舌打ちをすると走り去ってしまった。
遠巻きに事を見ていた周囲が軽くざわつく。碧生はガードレールにもたれたまま、うずくまっていた。取り落としたトレンチコートを誰かが踏んだ。どこが痛いわけでもなかった。ただただ立ち上がる気力がわかなかった。
「あーもう」
突然目の前から声がかけられる。驚いて顔をあげれば、フェイクレザーの細身のズボンが目に入る。目を疑うような真紫のスニーカーとシャツ。黒のストールに、まばゆい金髪。そして春の柔らかい日差しを反射する、無数のリングピアス。――橙真だった。
「見てられないよ、ホラ、立って」
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