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差し伸べられた手の、手首より少し上。シャツで隠れきらない部分に巻かれた包帯が痛々しい。掴んで良いものかどうか逡巡していれば、橙真は焦れた様子で無理矢理碧生の腕を引いてその場に立たせた。衣服をぱ、ぱ、と叩いて汚れを落とし、拾い上げたトレンチコートも同じようにはらうと、怪我がないか手や顔を丹念にチェックする。
「よし、どこも擦りむいてないね。もうっ。ケガでもしたら僕がつばちゃんに怒られるんだから!」
頬を膨らます様子がまさに小動物のそれで、年上の男とは思えないその仕草にささくれだった心が少しだけ和む。
「橙真さんが……? どうして……」
当然の疑問に首を傾げれば、しまった、と言うように口を両手で覆う様子を見て、リスが頬袋にエサを詰める様子を思い出したのは秘密にしておこうと思った。
「その、……おまえが見ていながら何てことだーって。怒られるから」
「見ていながら、って――」
言いかけてハッとした。以前椿が言っていた言葉が思い出される。
『俺には優秀な目があるんですよ』
『碧生くんのしていることは全て俺に見えていると、思ってください』
「まさか……」
「……」
饒舌な男は憮然として黙り込む。その様子が何よりの答えだ。橙真は、監視していたのだ。碧生の一挙一動を。だから椿は碧生の兄のことも知っていたし、生活に関する細かいことも知っていた。きっとどこかで全てを橙真が見て、椿に報告していたから。
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