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「え……」  十年前といえば椿はまだ小学生だ。それだけで、込み入った家庭事情があることが窺えた。 「お父さんが亡くなって、お母さんはつばちゃんに関心がなくなっちゃった。それからしばらくして、つばちゃんのことなんて本当に忘れたように置いて出ていっちゃったよ。それで小学生になった頃から僕んちで暮らしててさ。僕んちはまあ普通の家庭だけど……やっぱりつばちゃんにとっては他人の家で」  何となく、橙真の言いたいところが分かってきた。つまり椿は、 「愛情に飢えてる」 「愛情……」  愛しています、と言った椿の声が脳裏に蘇る。橙真は手持ち無沙汰そうに手首の包帯をカリカリと引っ掻きながら、遠い目をした。 「うちに引き取られたときからね、もうつばちゃんの心は捩れてた。どうしようもないほどに。――愛されたっていう実感がないんだと思う。だから、愛し方が分からない。だから加減が分からない。そして誰よりも見捨てられる恐怖におびえている。相手を征服するまで、相手と繋がっているか不安で不安で仕方ないんだ」  椿が、不安――?     
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