客船クーリッシュ

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客船クーリッシュ

その日、半の日の夕方。 彩石騎士の1人であるカィン・ロルト・クル・セスティオは(うわ)(そら)にならないよう、懸命に仕事に向き合っていた。 もう1人、彩石騎士であるスー・ローゼルスタインも同様だ。 ふたりは、恋仲にある者と、正確にはスーは婚約者と、週末をともに過ごすのだ。 カィンの相手は、サリ・ハラ・ユヅリ。 スーの婚約者はファラ。 4人で、動く遊興施設、客船クーリッシュに乗ろうと約束したのだ。 形としては、サリとファラが楽しむのにカィンとスーがお供する、というものだ。 双方の親とも、それならばよい、ということで了承をもらった。 今日は残業なしで帰ることになっており、カィンとスーは、時間になると、さっと席を立った。 「ではまた暁(ぎょう)の日に」 そう言ってふたりは彩石騎士居室を出た。 カィンは側宮(そばみや)執務室へ行き、スーは急いで階段を駆け下りる。 サリの方はまだ片付けの最中で、少し待って一緒にユヅリ邸へと向かう。 「楽しみですわ…!どんな遊びがあるのでしょう?」 カィンは遊びよりもサリと2人で過ごす時間が長くとれることの方が重要だったので、どうだろうねと当たり障りのない答えを返した。 ユヅリ邸まで短い距離を歩き、送り届けてから、カィンは走ってセスティオ邸に帰った。 急いで部屋に駆け上がり、2泊分の荷物を手に取ると、また階段を駆け下りる。 使用人のひとりに、それじゃあ行ってくる、と声を掛けて、ユヅリ邸に戻った。 応接間に通されて、しばらく待つと、手荷物を持ったサリが顔を出した。 「準備できましたわ!」 そう言う顔は楽しみにきらきらと輝いて、カィンの胸を打った。 浮かれ気分で邸を出ようとすると、サリの母、カルトラ・ナ・ユヅリに呼び止められた。 「ふたりとも、行ってらっしゃい。何かあるわけもないけれど、気を付けてね」 カィンはその言葉に、浮いているところを地面に引き戻された気持ちがした。 自分は信用されて、サリを預けられているのだ。 何もないのが当たり前で、無事で帰れなければ今後の付き合いも見直されてしまうことだろう。 カィンは背筋を伸ばして、カルトラに向き直った。 「確かに、サリをお預かりします…!」 カルトラは、くすくすと笑って、そんなに固くならないで、と言った。 「サリだって気を付けなければね。守られているばかりではなくって、自衛もしっかりしてほしいわ」
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