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最初から思い返してみれば、何が起こっていたのかひとつもわからなかった。
砂と岩が擦れ合うような音にユギルは小さく顔を上げた。今日で何日目だろうと数えてみるが、頭と体のだるさに負けてすぐにやめた。重い錠のかかる四角い部屋。鉄の壁に寄りかかるだけで精一杯だ。隣国との戦争に敗北し捕虜として捕らえられてから、ここを生きて出る見込みはないのだろうと覚悟していた。目の前で父と母が敵国の兵に殺され、その兵も自分の国の兵に殺されていた。嘘のように赤い霧と水たまりが辺りに広がっていくのを、相手に切り裂かれる断末魔の表情を残した兵を、父を、母を、物陰からただ見つめることしかできなかった。もしもの時の為に習っていた剣術は、その時になっても役に立つことはなかった。自分の体が動こうとしなかったのだから。
(何のためにわたしはいきていたのだろう。)
王であった父と王妃であった母の間に生まれた娘として、あの日のことを思い返さない日はない。目を閉じると途端にあの赤い光景が広がって、自分の心が体を置き去りにして逆流するような感覚に襲われる。ユギルは敵国に捕らえられ、戦争は終わりを迎えた。国は敵の国の一部となった。
先程から砂が滑り落ちるような、ざらざらと鳴り響いていた不快な音が、この牢獄と、それを囲む城壁が崩れる音だと気が付いた時には、全てが遅かった。仮に気が付いていたとしても、何日も狭い鉄格子のついた部屋に閉じ込められ、ろくに食物も口にしていないような状態では逃げることはできなかっただろう。頭上で一際大きな轟音と振動が響き、天井に亀裂が走る。文字通りがらがらと崩れ落ちてくる天井と、真っ赤な炎が見えた。その瞬間を境に、意識が闇に塗りつぶされた。
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