1人が本棚に入れています
本棚に追加
誰かの声が聞こえる。
「・・・い、おい、お嬢ちゃん!しっかりしろ!」
目を開けると、皺ひとつないじゅうたんを広げたような真っ青な空が広がり、見知らぬ男がいた。今にも落ちてきそうな青い空はひどく懐かしい気がして、おかしな気分になった。
背を支えてもらいながら体を起こすと、そこは乾いた砂ぼこりの舞う砂漠だった。辺りを見回して、心配そうな眼差しで見つめてくる大柄な男性と目が合う。
「お嬢ちゃん、大丈夫か?なかなか目を覚まさないからひやひやしたぜ。」
無精ひげと温かみのある低い声から、あんまり若くはなさそうだな、と思いながらユギルは小さく頭を下げた。
「助けていただいてありがとうございます。あの、ここはどこでしょうか。」
「うーん、この砂漠自体がどこなのかは俺もよく知らん。だが、一つ言えることは、あっちだな。」
彼が指をさす方向へ目を向けると、砂漠の彼方にうっすらと黒っぽい影があるのが見えた。
「あっちには俺の仲間が暮らしている場所がある。良かったらそこへ来ないか?あ、そうだ、嬢ちゃん、名前は?」
「……名前。」
口ごもる自分にびっくりする。自分がだれで、なぜ自分がここにいるのかもはっきりとわからないなんて。名前は、そうだ、ユギルだ。
「ユギルと申します。」
目の前の男は心配げにユギルを見つめていたが、名を聞くと、そうかと笑った。
「俺はギシャという。いつもこうして俺たちの集落の周りの見回りをしている。門番兼用心棒ってところだ。こっちは相棒のソラ。」
傍らにおとなしく立っていた馬は名前に反応してぶひん、と鼻を鳴らした。まっすぐに見つめてくる瞳が穏やかで優しい。
手を引かれて立ち上がると足がふらついた。頭の中で記憶を探ろうとするが、何もかもが茫洋として何一つ思い出せない。不安がこみあげてくるが、ギシャの力強い腕に支えられてソラの背に乗ったら、あまりの爽快感に気分がたちまち晴れ晴れとした。視界が思ったよりもずっと高くて、生き物が力強く走る振動がじかに伝わってきて、怖いけど面白い。
「あの、ギシャさん!」
自分を支えるように後ろに座る男へ声を張ると、それ以上に太い声が返ってくる。
「ギシャでいい。なんだ?」
「馬って、とても速いのですね!」
「そうだろう!馬に乗るのは初めてか?」
「はい、たぶん!」
ユギルはそれから、後ろで自在に馬を操るギシャの手つきと、灰色と茶色の地平線をただ見ていた。
最初のコメントを投稿しよう!