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「ただいまー」
とドアを開けると、キッチンから私の大好物のすき焼きの匂いがする。
「おかえり」
とお母さんが顔を出す。
「手を洗って、うがいして」
と昔とちっとも変わらないセリフ。
お母さんの顔を見たら、我慢してた涙が出た。
しばらく帰ってもいいかな…
と電話口でポツリと言うと、
理由も聞かずに『いいわよ』と二つ返事で了承してくれた。
父に確認もせずに…
後ろを向いてキッチンに戻る母に、
「付き合ってた人に振られちゃった。
私じゃ、ダメだったみたい。顔を見るの辛くて、仕事も辞めちゃった。」
と小さな背中に顔をつけた。
「はいはい。ご縁が無かったってことでしょ。」
と笑ってくれる。
母は私が泣き止むのを待って、
「顔も洗っておいで」
と振り向いて肩をポンポンと叩いた。
恥ずかしい。
いくつになっても、母の前では、小さい子どものまんまだ。
2階にあった私の部屋は
今ではウオークインクローゼットの扱いで荷物が詰め込まれているので、
2階の和室を使わせてもらうことにした。
2階にはもうひと部屋あって、
4歳年下の弟、祐樹(ゆうき)の部屋になっている。
この4月から、都市銀行に就職が決まっていて、
今は最後の春休みを満喫中のようだ。
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