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「すみません。以前ここで人格補正スーツを買った美山ですが」
そう若い店員に尋ねると、その店員は事情を察したようで
「少々お待ちください」
と言って、あの時の中年男性店員を連れてきた。俺はすぐさま彼に自分の身に起こっている異変について話した。
すると、彼は考え込むようなそぶりを見せながら
「なるほど、失礼ですがお客様、当店でご購入されたそのスーツを、24時間を超えて連続着用したという覚えはございませんか?」
と俺に尋ねてきた。
「え?うーん……」
俺は懸命に記憶の糸を手繰り寄せる。すると、確かにあった、スーツを24時間以上着っぱなしだったことが。
それは俺が入社二年目のこと。その日は、大口の契約を取り付けたということで、部長たちと呑みに行っていた。そこで俺は大口の契約を取ったことで舞い上がっていて、気がつけば終電の時間をとうに過ぎていた。仕方なく俺は、会社の近くにある漫画喫茶で夜を明かすことになった。その時だ、その時にスーツをずっと着ていたのだ。
「思い出しました。確かにありました。一体僕に何が起こっているんですか?どうすればいいんですか?」
すると、中年男性店員は困ったような顔で
「記憶が曖昧になる程度なら、しばらくスーツを着ないようにすれば良いのですが、記憶が全く無くなるとなると、別人格がお客様の体に定着してしまっているので、専門機関を受診するしかないかと……」
と話した。
俺はそれを聞いて、絶望した。専門機関を受診しなければならないのなら、会社上層部に話が伝わらないわけがない。俺のエリート街道は絶たれたも同然だった。
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