夏の日

1/2
前へ
/431ページ
次へ

夏の日

〈雅の記憶〉 ─ 暑い日だった 日差しが痛く、眩しい8月。 どこからか蝉が急降下して、交通量の多い交差点の横断歩道に着地した。 そしてまたすぐに羽音を震わせて少し飛んでは、ぱたりと落ちる。 何回か繰り返しているうちに飛び立つ力をも失い、灼熱を帯びた路面から動かなくなった。 その(きわ)を車がひっきり無しに走る。 潰される前に捕まえてやろうと一歩踏み出したとき、キラキラと煌めく車道にすっと入る白いシャツの彼がいた。 その素早い動きは車間距離を確かめながら長身の身を屈め、白い塗装を指先でなぞるようにして斑な茶色を掬い取り、手の中に包んだ。 歩道に戻る彼を信号待ちしていた数人がチラリと見、それから彼の手の中でビビと短く震え騒ぐ羽音に はっとして、避けるように距離をあける。 『あすと(・・・)だ』 信号が変わり、人々が一斉に歩き出す。 僕は動かずに、彼を見ていた。
/431ページ

最初のコメントを投稿しよう!

632人が本棚に入れています
本棚に追加