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鼻をすする音が夜の静寂に響いた。岸本くんだった。拳を握りしめ、歯をきつく食いしばり、とめどなく溢れ出てくるものを必死で抑え込もうとしている姿が痛々しい。
「夏輝……」
たまらず僕はレフェリーにタオルを投げ込むセコンドよろしく夏輝に声をかけた。けれど、夏輝はその鼻梁にピンと立てた人差し指を添えている。あの時と同じだ。彼には、まだ言わなければならないことがあるようだ。
「岸本!」
傷心の一年生に声をかけたのは、木佐貫さんだった。その声色は、優しかった。木佐貫さんは柔和な鹿児島訛りで諭すように続ける。
「夏輝くんから言われて気付いたよ。お前は真面目な男だ。そして今回の一件は、その真面目さが祟って、一人で問題を抱えすぎたために起こったものだったんだな。俺はな、岸本。お前を誤解していた。いや、これじゃ嘘が混じるな。正直に言うとな、俺はお前に嫉妬していたんだ。自然とあたりが強くなっていた理由がやっと分かったよ。すまなかった」
木佐貫さんは言い終わるや、腰を直角に折り曲げて深々と陳謝の姿勢を作った。岸本くんは、潤んだ瞳を右往左往させ、急な展開にどうして良いか分からない様子だ。
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