第一幕:将来なんになるのー?

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「木佐貫さんが岸本くんに嫉妬?」  こういうとき、良くも悪くも発言権を持てるのが僕という男である。 「そう、嫉妬だよ。俺はな、岸本。子どもの頃、獣医になりたいと思っていたんだ。動物図鑑なんて読み漁ってな。ちなみに、あの卵は多分セキレイのものだ。どうだ? たいしたもんだろう」 「す、すごい!」  岸本くんは感激しているようだ。重苦しかった雰囲気が途端に華やいだ。抑揚の多い薩摩の国の言葉は、素朴で温かみがあり、知らず知らず安心感を与えてくれる。夏輝が何か言いたそうに口元をむずむずさせているので、僕が手で蓋をしておいた。もごもごと僕を諌める言葉を放っていたと思うけれど、知るもんか。  木佐貫さんはなお柔らかい調子で言葉を紡ぐ。 「だけど獣医学部が当時はまだまだ少なくてな。鹿児島にできたのだってつい最近の話だ。俺はこの地を離れられなかったから、それを諦めざるをえなかった。後悔はしていないつもりだったんだけどな。どうしても、その夢を叶えようとしている男を見て妬んでしまったんだ、すまない」 「そんなことが……」  必死に木佐貫さんの話に相槌をうつ岸本くんは、上司とバイトというよりも父親と息子のようだった。二人の間にあった溝は急速に埋まっていっている。そんなところに横槍を入れるのは野暮以外のなにものでもない。僕の抑える手の力が増す。夏輝はしばらくふごふごと言っていたけれど、酸欠になったのだろう、分かった分かったとばかりタップした。
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