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突然、木佐貫さんの口調が変わった。それは紛れもない仕事中のきびきびとした声だった。
「社員命令だ。お前はしっかり夢を叶えろ。そのために死ぬ気で勉強しろ。そして、人を頼れ。こんなことでいちいち思い悩んで授業に支障をきたすようなら、郷里の親御さんが泣いてしまうぞ。卵もみんなで見守っていけば良い。シフトも終わりだ、さっさと上がってレポートでも書きやがれ」
最後はほとんど浪花節だった。岸本くんの目にもう涙は溜まっていない。
「はい、ありがとうございます!」
吹っ切れた様子で、事件の首謀者は走り去っていった。めでたし、めでたし。となれば良いのだけれど、そうもいかない。
「おい、木佐貫。なんで止めやがった」
苛立った夏輝が、とうとう木佐貫さんまで呼び捨てにしてまくし立てた。
「すまないねえ、夏輝くん。抑えてもらって」
木佐貫さんは平身低頭である。うん? 僕は二人の会話に違和感を覚えた。二人の中にいつの間にか共通了解のようなものが出来上がっているらしかったのだ。
「岸本の証言で確信したよ。お前も気付いていたんだろう? あの卵が孵ることはないってことに」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
まさかの事実に僕だけが飛び上がる。あの卵が孵ることはない? どういうことなんだ。
「なんだ、お前。まだ気付いていなかったのか。気付いたからこそ俺の口を塞いだのだとばかり思っていたが……」
夏輝は呆れたようにゆるゆると首を振る。
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