第一幕:将来なんになるのー?

80/82
668人が本棚に入れています
本棚に追加
/237ページ
「問題は、なんでそれをこの場で岸本に伝えなかったかだ。情熱や愛情だけじゃ救えない命だってある。あいつに立派な獣医になってほしいんなら、それを教えてやるのが筋ってもんじゃねえのかよ」  噛みつく夏輝を、木佐貫さんは「まあまあ」となだめてみせた。こっちはまるで子どもと大人である。 「これ以上あいつに重荷を負わせるのは性急だよ、夏輝くん。もちろん、分からせなければならない時は必ず来ないといけない。でも、それは今日じゃない。彼はうちの大切な従業員でもある。部下の教育も上司の仕事のうちさ。あとはこっちで引き継ぐよ」  木佐貫さんは手をひらひらと振った。「今日は本当にありがとう。また店にきなよ。安くしとくからさ」  ちゃっかり営業トークを交えて、木佐貫さんは礼を言った。夏輝はまだ納得していない様子だったので、僕が大男の手綱を執らなければならなかった。僕たちは静かに店を去った。  夏輝が腕力に任せて暴れるようなことは最後までなかった。
/237ページ

最初のコメントを投稿しよう!