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すっかり深まった夜道を歩いて。押し黙ってとぼとぼと帰路につく夏輝を振り仰ぐ。目が合った。もう彼の興奮は冷めてしまっている。
「当店のデザートのお味はいかがでしたか?」
「ビターだね。でも、忘れられない味だよ」
僕は大きく息を吐いた。敵わないなと思った。
僕は意識的に考えることを避けていたけれど、やっぱり夏輝と清田先輩はねんごろな間柄なんだろう。なんとなくそんな気がする。
夏輝が恋敵になってしまえば、僕に勝てる見込みなんて皆無だ。問題を解決する能力しかり、プロ並みの料理の腕しかり。謎は解決して晴れやかではあったけれど、一匹のオスとしては暗澹たる思いである。
「なあ、おい。お前」
「なんだよ」
「その、つまり。あれだ」
別れ道につき立ち止まる。なにか言いたげに夏輝はもじもじとしている。大柄な体をくねくねさせているものだから、はなはだ不気味である。
「お前さ。また、家に来い! 美味い飯食わせてやるからよ。ただし、酒は持参すること!」
「ぷっ」
僕は思わずといった感じで吹き出してしまった。そのまましばらく笑い転げた。夏輝はみるみるうちに赤面し、気恥ずかしさから泣き笑いのような表情を作った。僕は慌てて
「あんな美味い飯が食えるんなら願ったり叶ったりさ。また行くよ」
と付け足した。
強張っていた夏輝の頬がわずかに弛緩するのが分かった。僕はなにをうじうじ考えていたんだろうか。こいつと友達になることに打算が入る余地などないのだ。
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