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そこへ竜くんが右側から拳を入れる。
それは予想してたのか、身体を90度にしてかわすと、その腕を叩いて体勢を崩す。
「右!……右!……左!」
岳に走れと言えば、僕を信じて全力で走る。
最初は恐怖に勝てなかった。
だが、岳はすぐに克服した。
目の前の障害はかわせる。
僕の言葉を信じればいいだけ。
そうやって自分に鞭打ち叩き込んだ"信頼"という絆は、咄嗟の反応をよくしていった。
悠馬くんの目は確実に岳に向けられている。
それは僕や竜くんにはある"気配"が岳にはないからだ。
目の前にある敵を倒すという目的、それに変わりはないが、岳は対象が見えない。
だからこそ、殺気がない。
緊迫した状況で鍛えられた悠馬くんでも、目で確認しなければ急に出てきて不意討ちされると、この短時間で理解したんだろう。
…でも、岳ばっかり気にしてると…
「…うおっ!」
「竜!惜しい!もうちょい!」
「お前も参加しろよ卓也!」
「僕は切り札。左!岳!ずれてるぞ!右30度修正!」
「了解っ!」
「……なるほどな。動かし方が分かっ…おっ!
…クソ!西岡が厄介だな!お前から片付ける!」
さっきから何度も攻撃する竜くん。
上手く避けて当たらないのだが、連続で仕掛けるので、悠馬くんにとっては集る蝿のようにしつこいのだ。
チラリと僕を、そして岳を見た悠馬くん。
僕が動かないことの確認、そして岳との距離の確認だろう。
(来た!)
そうして岳に背を向け、攻撃に転向した。
「悠馬くん!帰ったら何したい?」
「その手には乗らねぇ!」
「乗らないってさ!岳!」
撹乱も考えての一言だったが、悠馬くんに通じないのは想定内。本当の狙いは耳のいい岳への援護射撃。
その耳で聞こえた悠馬くんの声は、正確な距離、位置を岳に教えたはずだ。
そして僕が言葉の最後に叫ぶ"岳"は、信じて突っ込めという合図。
これを聞けば竜くんは呼応し、囮役に徹する。
それにすべて対応し、竜くんを蹴り飛ばした瞬間、目に映るのは姿が大きくなった岳。
0コンマ何秒の隙が生まれれば、あとは…
「……THE END.」
大きく飛び上がった僕は、悠馬くんの首に膝を引っ掻ける。同時に岳が悠馬くんの懐に飛び込んでくる。
体勢を崩したら、後は少し力を入れるだけ。
「………ハァ。…うん。参った。」
「やった!悠馬くんに勝った!卓也くん!竜くん!」
「苦しい。退けよ岳。」
やけに清々しい敗北宣言だった。
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