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「うまく言えないけど、ぼくはあの時どん底にいたんだ。ひどく打ちのめされて、とてもひとりでは立ち直れそうになかった。ちょうどそんな時に、きみからオルゴールが届いたんだ」
たどたどしく繋ぐ言葉を、類は頷きながら聞いてくれた。
「ひとりぼっちの部屋で、オルゴールの音色に耳を傾けながら、ずっと木馬を見つめてた。不思議と心が温かくなって、ぼくはその時、きみに慰められて、励まされた気がした。その後何度も悲しみが襲ってきたけど、その度にこのオルゴールに救われたんだ」
「……いまはもう、平気?」
類の手のひらが、頬を撫でる。
「ひとりで泣いてない? 悲しい思いをしてない?」
「おかげさまで、もう大丈夫」
「それなら、いいんだ」
額にキスを落とされた。腕を引かれ、ベッドに座る。
「初めて絵が売れたんだ」
「え?」
言葉の意味が分からず、類を見つめる。
「十六の時に個展、って言っても本当に小さなギャラリーだけど、とにかく個展を開いて、絵が売れたから嬉しくて、」
その時のことを思い出したのか、類は目を細めて微笑んだ。
「お気に入りのアンティークショップで一目惚れしたオルゴールだった。ずっと欲しくて、でも子供の小遣いじゃとても買えない値段だった。だから手に入れた時は爽快だったな」
「……そんな」
「俺が、初めて自分の手で稼いだお金だった。だから、だれよりも先生に贈りたかったんだ。クリスマスまで待ちきれなくて、すぐに送りつけちゃったけど」
「……」
「でももしそれが、先生をすこしでも元気づけたのなら、俺、本当に嬉しいし、しあわせだよ」
ふわりと笑って、抱きしめられる。
「ありがとう、類」
類の背中に手を回す。ありったけの想いを込めて、その言葉を伝えた。
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