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   類から初めての手紙が届いたのは、最後のキャンプと同じ年の十二月中旬のことだった。紺と白で聖夜の夜景を表現した、シンプルなクリスマスカードで、「イギリスに引っ越しました。勉強がんばります」とあった。短いひと言を類らしいと思い、だから余計に、結びの「I love you. Lewis」の言葉に面食らった。単なる挨拶だとは理屈で分かっていても、照れくさい。ルイスと書かれた署名にも、今はもう遠い異国にいるのだと実感する。  返事は、すぐに書いた。大学の研究のこと、バイトのことなど、他愛のない内容だったと思う。手紙に、本を添えた。自分が住む街の秘密の地図作りに励む少年が、親友の少年と彼の愛犬とともに街で起こった事件の謎を解くというミステリーで、貴央が類と同い年の頃に夢中で読んだ本だった。  類からの返事は、翌年のクリスマス前にやってきた。もう来ないと思っていたから、貴央は驚いたし、嬉しかった。本のお礼が書かれたカードと、折りたたんだ薄茶色のクラフト紙。広げると新聞紙ほどの大きさのそれは、手書きの地図だった。  絵地図と言った方がいいのだろう。類が住むアパートを中心に、学校や商店や公園など、街全体が立体的に描かれ、落ち着いた色彩で着色してあった。絵の下には「キャラメルチョコレートが最高」「店先の猫がかわいい」「やぶ医者」などと小さく一言書き添えてあって、それをひとつずつ読むのも楽しい。長い時間をかけて、類が住む街を、その暮らしぶりを伝えようと一生懸命描いてくれたのだと思うと、貴央は嬉しくて、すぐにお礼の手紙を書いた。  一年に一度、貴央は本を送り、類はお礼と称してカードとともになにかを送ってくる。それは類が描いたスケッチだったり、空や海や花の写真だったりした。来年はいったいどんなものが届くのかと、心待ちにしながら一年を過ごした。  届いた写真や絵は、すべてアパートの壁に貼り付けた。それを眺めては、イギリスに暮らす類を思い、どうか元気で、笑顔でいますようにと願った。  手紙のやりとりは、続いた。ぶっきらぼうな、しかし次第に表現が大人びてくる短い手紙。それでも最後に書かれた「I love you. Lewis」の文言は、ずっと変わらなかった。  そんな類から唯一クリスマス以外に届いたものが、この回転木馬のオルゴールだった。
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