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『けど……ハグのことは、きっと時間が解決してくれることじゃないんだ。
なのに、綾の時間はどんどん前に進んでいく。
オレは……このままズルズルと、おまえをここに、引きとめておくわけにはいかない』
なに言ってるのっ!? ヨウちゃんっ!
姿、見せてよっ!!
真っ暗闇でお腹の底からさけんでみる。
だけど、なんでだろう。
ヨウちゃんの声はすぐ耳元からきこえてくるのに。
やさしくささやいてくれるのに。
あちこちに手をのばしても、さわれるものはどこにもない。
『綾……。
これからオレは、おまえにとって鬼になる。
……だから、おまえも……もうこれ以上はないって、オレにあきらめがつけるくらい、こっぴどく、オレのことをふってほしい』
……なにそれ……。
胸がぎゅ~と痛んで、あたしはうつむいた。
あたしがそんなふうに、ヨウちゃんのことをふれるわけないじゃん……。
だって……だって……あたしだって、まだ……。
ほっぺたに流れた涙を、だれかの指先が受けとめた。
ほっぺたをうすくなでて、あたしの涙をぬぐってくれる。
「……っ」
あたしのまぶたに、ぽつぽつとしずくが落ちてきた。
あたしの涙……?
ちがう人の涙……?
あたしの手の甲に、大きな手のひらがそえられる。
少し震えている筋張った手が、あたしの手のひらを上に向けて、そこになにかをのせる。
闇の中で、それだけが虹色に光ってる。
虹色の……バラの……つぼみ……?
「ヨウちゃんっ!」
さけんだとたん、あたしは自分のベッドの中にいた。
二階の部屋の窓は開いていて、レースのカーテンが顔の前でふわふわと風に舞っている。
あたしの部屋。
勉強づくえや、ベッドの横のぬいぐるみや、ハート型の目覚まし時計が、夜闇にしずんでいる。
あたしはふとんの中から自分の手のひらを出して、開いてみた。
……なんにもない……。
バラのつぼみなんか、持ってない。
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