第二十六章 鈴木實⑫

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 と、鈴木さんは答えた。すると、張中将が、 「俺たちも連れて行け」  と言う。仕方なく、張中将とその副官の二人を連れて店に行くことになった。  玄関に出迎えた女将に鈴木さんは、 「中国の偉いさんだ。どうせわかりっこないんだから、そのへんでカエルでも捕まえてきて食わせてやれ。なんなら、何千円でもふっかけていいぞ」  と言った。 「ところが、日本間の座敷に通され、英語で語り合いながら飲んでいると、張中将の言葉のはしばしに、正宗とか澤之鶴など、日本の酒の名前が出てくる。どうやら、かなりの日本酒通らしい。おかしいぞ、と思い、『閣下は日本酒に詳しいようですが、どこで覚えられましたか』と聞いたら、張中将は表情も変えず、流暢な日本語で『私は、かつて日本陸軍の航空士官学校に留学し、日本人の家で下宿をしていたことがある。だからよく知ってる』と。飛び上がらんばかりに驚きました。それまで、すべて英語か、通訳を介しての会話だったので、まさか日本語を解するとは思いもよらず、『いい気になりやがって、いまに見てろよ』とか、『俺たちは中国軍に敗けた覚えはないんだよ』などと、目の前で悪口や罵詈雑言を浴びせてたのが全部筒抜けだったんです。一本とられた!と思いましたね」  さらに話してみると、張中将は、昭和十六(一九四一)年五月二十六日、鈴木さん率いる十二空零戦隊が中国・天水飛行場を急襲し、空戦で五機を撃墜、地上銃撃で十八機を炎上させ、壊滅させたときの中国軍の基地指揮官であったことがわかった。張中将は当時、少将だったが、敗戦の責任をとらされて上校(大佐)に降格されたという。 「またお前に会うとはな」  張中将はニヤリとすると、うまそうに酒を飲み干したという。
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