第二十六章 鈴木實⑬

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その日のうちに台中を引き払うことになり、ここで初めて武装解除を受けた。搭乗員の武装は軍刀と拳銃だけだが、それらを中国軍に引き渡した。  特攻隊員には「神風刀」と称する白鞘の短刀が、聯合艦隊司令長官より授与されていた。刀を持ち帰ることは許されなかったが、特攻隊としての心の拠りどころであるから、これだけは引き渡したくない。隊員たちは、思い思いに地面に穴を掘って、短刀を埋めた。一人一人の飛行経歴をすべて記した「航空記録」は、航空隊の書類を管理する要務士の手でまとめて焼却された。  持ち物は、現金千二百円までと砂糖を少し、それに落下傘バッグに入る身の回り品だけと決められた。鈴木さんは、当時は貴重品であった愛用のカメラ、ライカⅢ型を、顔見知りになった中国軍パイロットにプレゼントした。  基隆港の倉庫で一泊ののち、兵装を撤去された旧日本海軍の小型海防艦(沿岸警備、船団護衛、対潜哨戒などを主な任務とする艦艇)にすし詰め状態で乗せられ、二十七日、台湾を後にする。  時化模様のなかを出航して二日目、波が静かになり、島が見えた。部下たちがデッキで、「オーイ、日本が見えたぞーっ」と喜び合う声を、鈴木さんは艦橋で、遠くの音のように聴いていた。
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