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「いってらっしゃい」
「いってくる」
ブラッドルーの見送るため、マーゴットは重たいお腹を支えながらゆっくりと玄関に向かう。婚約破棄騒動から一年。マーゴットとブラッドルーは他国へ流れ平民として暮らしていた。貴族の時とは比べ物にならないほど貧相な生活だったが、マーゴットはこれ以上ない幸せを感じていた。今だから言えるが、事の顛末はこうだった。マーゴットの生家であるトルーソン家は、領地経営に関して見逃せない不正をしていた。税金の不正利用、武器の輸入販売、違法薬物の生産売買。国に見つかれば血族全員の首が吹き飛ぶほどの悪事を働いていた。この事実を掴んだのは、ブラッドルーだった。
このままでは、結婚はおろか、マーゴットの命が危ない。王位かマーゴットか。選択を迫られたブラッドルーは、マーゴットを選んだ。そして、正妃の生誕パーティという貴族全員が集まる場で、婚約破棄を演じた。ブラッドルーが読み上げた手紙は、『ドリュー』に贈られたものをそのまま読み上げただけだった。案の定、権力に固執するトルーソン家の全員がマーゴットを見捨てた。
あとは、ブラッドルーが国を捨てるだけだった。マーゴットに裏切られたブラッドルーは、傷心を癒すために隣国へ留学を希望する。そこで事故にあって、命を落とすというシナリオだった。
家を追い出されたマーゴットのために、金と移動手段を用意するのに一番苦労したとブラッドルーが言っていた。関わった人間は、どうやらすべて秘密裏に始末されたようだ。このあたりはブラッドルーが口を濁した。
そして、いま。
ブラッドルーは街の警備兵。マーゴットは裁縫の技術を活かして仕立て屋で働いている。貴族と王族の二人が平民として生きていくことに苦労は多いかと思われた。しかし、ブラッドルーもマーゴットもすんなりとその生活に順応できていた。トルーソン家が取り潰されたと風の噂で聞いた。けれども、マーゴットは何も感じなかった。
「もうすぐだな」
「そうね。もうすぐね」
ブラッドルーがマーゴットの腹を撫でる。二人の生活に、もうすぐ一人加わる予定だった。
「ねえ、ドリュー帰ったら話したいことがあるの」
「偶然だな。俺もだ」
ねえ、マリー。
ねえ、ドリュー。
前世持ちって信じる?
二人が家よりも互いを選び、すんなりと平民の生活を受け入れられた理由はここにある。
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