繋がる襷

1/13
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
   目を覚ますのはいつもアラームを三度程止めた頃だった。  今日も遅刻を免れたことに安堵しつつ、スマートフォンの時計を見る。七時半。昨日まで予報では雨と言っていた気がするが、外は晴れているようだった。遮光カーテンの隙間から差し込む光が早く起きろと俺の頭をせっついている。  ベッドの中で伸びをし、勢いを付けて起き上がる。  顔を洗うのに五分。朝食を食べるのに二十分。歯磨きと着替えに十分。いつものルーティンを頭の中でイメージしながらカーテンを開ける。  今日もいつも通りだ。  二階から向かいの通りを見下ろす。もう世の中はとうに動き出しているらしく、スーツを着たサラリーマンやゴミ出しをしている女性の姿が見えた。いつもの朝の風景を見つめながら、仕事のことを思い出す。  昨日お偉方に最終プレゼンをしたソーシャルゲーム。  思い切って部下に任せてみたが、説明はうまくいき、反応も上々で安心した。ただいくつか挙がった修正点が気がかりだ。今日からそれらを対応しつつ並行して社内お披露目を行い、順次デバッグに入ることになるだろう。リリースはまだ先だが、スケジュール上の予備日はほとんど使い切ってしまったので少し焦りがある。このまま部下に進行をやらせてみたいという気持ちと、まだ任せるには早いという気持ちの狭間で判断が揺れる。  どちらにしても、優雅に朝食を食べている場合ではないかもしれない。  洗面台で顔を洗い、ついでに寝癖を撫でる。朝食は会社近くの珈琲店で何か買うことにして、今日は一本でも早い電車に乗ろう。数ヶ月前には熱心だったジム通いもどうせ今はおざなりだ。この際CMでやっていた、新作だというあの毒々しいカフェラモカを注文したい。血糖値の上昇と引き換えに少しでも効率が上がればいい。  ――ばかやろう。  ふと声がした気がして、俺は振り返った。  そこには誰もいない。服と雑誌類でとっ散らかった自分の部屋があるだけだ。  だけれど不意に思い出す。  あの、懐かしい日々を。  
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!