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「……みんな、笑ってましたよ。誰ひとり、泣いて、いませんでした」
「うんうん、そうだろうね」
マグカップをテーブルの上に置いたドクは、ぽん、と椅子から飛び降りました。
ハイティーンの頃合に見えるドクは、しかし老成したような笑みを浮かべます。
「……みどり、訳わからないって顔をしてるね」
「えぇ。だって、みんな、泣くためにあの薬を買っているんでしょう?でも、泣いてる人なんていなかった」
「そりゃあそうだよみどり。みんな、笑うためにあの薬を買ってるんだから」
「……理解出来ないですね。泣きたいんだか、笑いたいんだか」
「笑いたいんだよ」
「泣いてるのに?」
「そう。泣いてるのに」
白衣を翻して、ドクはリビングから出ていきます。
「……笑いたいために、泣くと言うんですか、ドク!」
「そうだよ、みどり!」
ドクの声が響きます。またしばらく、実験と研究に没頭する日々を、ドクは送るのでしょう。
「……本当、理解不能」
ふぅ、とため息をついたら、マグカップに入ってるコーヒーが細かく揺れました。コーヒーなんて、苦くて飲めないのに。ドクは必ずわたしにコーヒーを飲むか聞くのです。飲めないと言っても。
「理解不能です、街の人も、ドク、あなたも」
誰も聞いてないのに、呟きました。
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