黄昏

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「未練もないのに留まる幽霊……」 「死んでないってば!」 「じゃあなんでみんなに無視されてたんだよ」 「そ、それは、……そう!私以外がみんな幽霊だったのよ!」 逆に凄いな、その状態。 「だから普通の人には見えるんだから。……おーい!」 そいつは大きく息を吸うと夕日に向かって叫んだ。俺の耳には確かに聞こえるけれど、空気を振るわせているのかは分からない。虚しく、儚く、風にすらなれない声は行き場も何も、……ないはずだった。 「あっ!ちょっと、ほら!」 橋の下に何かを見つけたらしく、手首を柔軟に利かせて俺を呼ぶ。いつになったらこの幽霊から解放されるのだろうか、早く成仏して欲しいんだけど。 一つ、溜息を吐き、招かれる手に従い、その幽霊の視線を追った。 「私、幽霊じゃないってことよね?」 紋所を懐から取り出し、見せつけているように自慢げに胸を張り、鼻を鳴らした。 河川敷で黄昏ていた女性がこちらに向かって確かに手を振っている。さっきの声が聞こえていたのだろうか。だとしたら本当に幽霊ではないのか、それとも……。 「行ってみよ!……あっ」 多分無意識に、俺の手を引いて行こうとしたんだと思う。でもその手は何の余韻も残すことなくすり抜けてしまった。 「……あんた幽霊?」 「逆だ、逆。勝手に殺すな」 まさか自分が幽霊と勘違いされる日が来るとは思ってもみなかった。なかなか嫌な気分になるもんだ。 「細かいことはいいから、行こうよ」 散々気にしていた本人にそう言われるのは釈然としない。反論したい気持ちはあるが、頭を掻きむしってどうにか自制した。 途中で立ち止まっていた橋を渡り切り、河川敷まで下りられる階段の近く自転車を止める。足を踏み外さないように一段一段踏みしめる。手を振っていた女性は子どもを見守るお母さんのように、俺たちをずっと目で追ってくれていた。 階段を下り終えると、自称幽霊じゃない女子高生は嬉しそうに駆けていく。橋の上からでは分からなかったけれど、俺と同じくらい背の高さがある。そしてもう一つ、……近くに来てみたから分かってしまう。
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