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星空
僕はいま空を見上げている。
冬の空、空気は澄み渡り、遠くの星々が瞬いていた。
「お父さん、ハレー彗星って見たことある?」
隣の息子が僕の腕を掴む。
「ああ、見たことあるぞ。お父さんが中学校の時だったな、一九八六年だ」
「すっごい昔だね、綺麗だった?」
そう、それは今の息子が生まれる二十年以上も前の話だ。彼に昔だと思われても仕方がない。
「そうだな、その時のハレー彗星はハッキリと見えなかったんだよ、多分アレだなって言い合いながら見たんだ」
「へえ、誰と見たの? お母さんと?」
息子は夜目にもわかるくらい目を輝かせる。
「いや、今のお母さんとは、その時はまだ出会っていない」
「ふーん、そうなんだ」
彼は納得したような、していないような返事をして、それ以上は聞いてこなかった。
☆ ☆ ☆
一九八五年から八六年、その冬から春にかけて、ハレー彗星は七六年ぶりに地球にやってきていた。七六年ぶりということは、七六年前を知っている人がいてもおかしくない。
新聞や雑誌は七六年前の珍事を紹介する記事で溢れていた。空気が無くなるかも知れないといって、自転車のチューブが売れたり、ハレー彗星のシアン毒に対する解毒剤などが出回ったり、ローマ法王庁が贖罪券を発行したら買えない人が嘆いて自殺したり、とまあ大変な騒ぎだったらしい。
今回は、世界のどこにもそんなことは起こっていない、科学万能の社会でそんな非科学的のことを信じる人はいなくなった。去年の筑波科学博で見た近未来、あんな世界が何年後かに来るかと思うと心が躍る。
そんな一九八六年を十四歳の僕は迎えていた。
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