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足音もなく表れた黒い影は
鉄格子の向こうで立ち止まると――。
僕の目線まで身を屈め
犬を呼ぶように軽く舌を打ち鳴らした。
「おい、来いよ。そいつを外してやる」
それから特に抑揚もない平坦な口ぶりでそう言って
僕が身を起こすのを待っていた。
――征司……か?
どんな暗がりでもあの人を見紛うはずないのに。
僕は警戒した猫のように身をすくめしばし目を凝らしていた。
洗いざらしの髪。
身に着けている物はといえば
キャンパス地のデッキシューズに
肌も露わなタンクトップと
床に引きずるようなルーズなニットコート。
トラッドの申し子のようだった人が
一言で言えばらしくない。
だけどすぐに気が付く。
それこそ全てを手に入れた人間の
策略的なイメージシフトなんだと。
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